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家庭用の蝋燭ではほとんど出ない油煙も、寺院用の大きな蝋燭になると目立つようになります。
これは、燃焼と煙はどうしても切れない関係にあると思います。
そこで、油煙を少なくする研究を進めてまいりましたが、未だ結論を出せずにいます。
なかなか人間が望む方向には行かず、化学変化を起こしかえって悪くなります。
これは、ベースとなる蝋に関わってくる問題だと思います。
また、燃焼は自然現象です。温度、湿度、換気、空気の流れ、全てが関わって来、人間がコントロールする事が出来る範囲を超えてしまいます。
誠に、僭越ですが綺麗な燃焼をお望みの節は是非櫨蝋の和蝋燭をおためし下さい。
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和ろうそくの火は時には、静かに燃え、時には瞬きしているかの如く揺れる。
これは、どうしてだろう。あるところから質問を受け色々な観点から解明してみた。先ず、蝋燭の燃焼は芯が融解した蝋を吸い上げ、それが、燃える。融解したろうが吸い上がった、その時は蝋の供給が最大のため炎は大きくなり揺れる。
しばらくすると、その蝋は燃焼によって無くなる、芯は燃える物がないから、一段下がる。この蝋が燃えて燃える物がなくなったときこのときは炎は小さく一番安定する。これが繰り返されて蝋燭の燃焼は成立する。
それじゃ、炎が小さいほど良いのかになるが蝋燭の大きさと比例しない芯だと、溶けた蝋を吸い上げる力が少ない。
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だから、蝋があまって蝋が流れる原因になる。そのため、どの蝋燭を何処に使うかは、ほぼ決まっていると、言える。
純粋な櫨蝋は、きれいな燃焼をもたらします私の叔父が亡くなり、櫨の20号を点灯しました。
自分でも驚くほど、綺麗に燃えていました。自分が作った物を、自分でほめるのはおかしいけど、納得できる燃え方でした。
参列して下さった方も、喜んでいただきました。本当ですよ。
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和蝋燭の形は、棒形と碇型があります。その使用法はどうなんだと、近頃、よく聞かれます。
一般に禅宗関係は棒形真宗関係は碇型と言われますがどうもハッキリしません。私なりに、知り合いのお坊さんにお尋ねしたところ、そんなところだが、明確な使い分けがある物ではないと、申されました。いまだ明確な答えが掴めないままにいます。
もしご存じの方がおいででしたら、お教え下さい。
今の現状での、私の判断は、灯りそのものが信仰の対象の一つだった。
一つには、蝋燭屋の工夫で、こんな形も出来ましたと、他店と差別化を計ろうとした結果、徐々に変わる物、そのまま残る物と、変化したと思います。
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それと、もう一つ、それは、2001/4/27に蝋燭の説明をしていて自分なりにそう思った、寺院では行事の節目で、蝋燭を新しいのに変える。それは、30分の時もあるし60分の時もある、その時間だけその内容の炎があればそれで良いという考え方。だから、上部だけ大きくしてある。重量で商品になっていた蝋燭は、同じ目方ならその蝋を上部に持っていけば少ない匁で、大きな蝋燭の価値を見いだせると言うことだろうか?
勝手な判断で、もし誤りならご勘弁を。
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和ろうそくの火は時には、静かに燃え、時には瞬きしているかの如く揺れる。
これは、どうしてだろう。あるところから質問を受け色々な観点から解明してみた。先ず、蝋燭の燃焼は芯が融解した蝋を吸い上げ、それが、燃える。融解したろうが吸い上がった、その時は蝋の供給が最大のため炎は大きくなり揺れる。
しばらくすると、その蝋は燃焼によって無くなる、芯は燃える物がないから、一段下がる。この蝋が燃えて燃える物がなくなったときこのときは炎は小さく一番安定する。これが繰り返されて蝋燭の燃焼は成立する。
それじゃ、炎が小さいほど良いのかになるが蝋燭の大きさと比例しない芯だと、溶けた蝋を吸い上げる力が少ない。
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あるサイトから藺草と灯芯草とどう違うかと、質問がありました。
私も今まで真剣に調べたことがなかったのですが、奈良の安堵町民俗資料館に聞きました。
結局、藺草の呼び方が各地でいろいろあって、そうなっているとのことでした。
和漢三才図会という、書物に書いてあるそうです。一度読んでみます。
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